今の私の状態はキャパシティーオーバーです。
これからは私がダウンしない事を最優先にすることにしました。
私が機能停止するとすべてが止まります。
父は何もできないのです。
両親が倒れた富山旅行の際
母の物忘れを心配した父は
「お金のことは俺がやる」
と宣言したそうです。
母が
「お父さんが初めてお金のことは任せろって言ってくれたの」
と話していました。
母は常々、父がお金に無頓着で困ると話していたのです。
そんな宣言をした父ですが、任せろと言った旅費は母に引き出してもらいました。
なぜか・・・父はATMの使い方を知らないのです。
5月8日に父が救急搬送された病院は時間外は決済システムが動いておらず、後日自宅に請求書が送られてきました。
岡山に帰宅する際に、父に
「お母さんの病院のお金は払ってあるから
お父さんの病院の請求書が来たら払ってね
お母さんはもうそういうのできないからお父さん自分で払ってね」
「わかってる
おかあさんの物忘れが酷いから
今回は旅費は全部おれが管理するって言ったんだ」
「そう、お願いね」
岡山に帰って数日後、父から電話が来ました。
「病院の請求書届いたから」
「そう、はやかったね 早めに払ってね」
「わかっとる」
こんなやり取りをしました。
しかし、父は支払いを行いませんでした。
なぜなら、受け取った払込書でどこでどうしたら払えるのか分からないからです。
払込書自体どういうものなのか分かっていないと思います。
認知症の母が迷子にならないように、母の携帯にGPSタグをつけています。
月末近くの母の行動履歴を見てみると
郵便局に行っていました。
後で聞いたところ
「おとうさん 病院のお金払ってなかったの
請求書ほってたの」
『金のことは俺に任せろ』と豪語した父は請求書を放置していたのです。
またしても、認知症の母に頼ったのです。
『俺に任せろ』という自信はどこからきたのでしょう。
父はお金周りの事は何もできません。
知識もありません。
確定申告というものはおぼろげながら知っているようで、確定申告に日常生活で使ったお金の領収書が必要だと思いこんでいます。
領収書をもらって、家計簿をつけて、確定申告を行う
そう思い込んでいます。
自分では家計簿をつけることができないので
すべて母に丸投げしていました。
体調の悪い母にレシートの束を渡したり、
「最近、おかあさんの物忘れがひどいんだ」と言っておきながら家計簿をつけろと言っていました。
「家計簿の付け方がわからなくなっちゃった」
という母に
「家計簿つけなくていいよ
確定申告の前には、この数字入れろって送ってくるから
家計簿はいらないんだよ」
「そうなのぉ?」
「そうだよ いままでも家計簿見せろなんて言われなかったでしょ」
「うれしい 家計簿つけなくていいなら楽になるわ」
という話をしていました。
それでも、母にレシートを渡そうとする父に
「家計簿はつけないことにしたから捨てといて」
「そうなの?」
「確定申告に家計簿なんかいらないんだよ
領収書なんか出すところないよ」
「そうなのか?」
多分、父はまだ理解できていません。
その後も、領収書を集めています。
母のPCの前に領収書が数枚置いてあります。
おそらく、私に家計簿をつけさせようとしていたのでしょう。
「お父さん、領収書なんかどうするの」
「家計簿つける」
「確定申告にはそんなのいらないんだよ」
「いいから 俺がやるから」
「どうやってつけるん」
「・・・・・・」
「手書きでやるん?パソコン使えんじゃろ」
「パソコンでつけようと思ってる」
「そうなの まあ、わからんことあったら聞いてな」
父が家計簿をつける気配はありません。
父はATMでお金を引き出すことができません。
これまでは、母が引き出してきて渡していました。
「お父さんお金持ってるん?」
「持ってる」
「ふーん 現金でもってるん?」
「持ってる 大丈夫」
「お金引き出せるん?」
「やり方は分かってる ずっとお母さんがやってくれてたけど」
「やったことないの?」
「やり方はわかっとる」
「C病院にATMあるから練習してみん」
「あぁ?」
ATMを知らないのです。
「C病院にお金下ろす機械あるじゃろ それで練習してみん?」
父は嫌そうな顔をして手をふりました。
「だいじょうぶ」
父の通帳に挟まれたキャッシュカードは磁気テープのものでした。
通常であればICチップ付きのカードに代わっていると思います。
ICチップ付きのカードをどこかにやってしまったのか、財布にいれているのか。
果たして父の口座からお金を引き出す事はできるのでしょうか。
銀行に行くとなったらまた面倒事が増えてしまいます。
やれやれ・・・・
これまでに書いたように、父は家事一般全くやろうとしません。
「もうすぐ90だぞ!
いつ死んでもおかしくないんだぞ!
いまさらそんなことしてまで生きていたくない!」
父に家事すべてをやれと言ったことはありません。
そんなつもりもありません。
できるわけないんだから
『湯呑を棚に返す
風呂の湯をはる
ボトルにお茶を入れる』
父はこれらはやってくれるようになりました。
『やればできるじゃん』
そう、彼はやりたくないのです。
こんな父を『自立している』とは言えないですよね。
母のリハビリの目標に
『日常生活の自立』
と書いたのがひっかっかっています。
『日常生活の自立』ってなんだ?
わからなくなりました。
食事ができ、トイレに行くことができ、風呂に入れる?
『日常生活』ってこれだけですか?
自分で『日常生活』と書いておいて
『日常生活』の内容を考えていなかった事に気が付きました。
あの時は、署名やチェック付けの流れで
「ここに目標を書いてください」
「はい」
『日常生活の自立』
と書いてしまいました。
『日常生活』がどう解釈されるのか気になります。
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