大惨事の翌朝から、私は二階に籠城しました。
父の動向はカメラで追っていました。
父はいつもと変わらず、テレビを見たり、ネット碁をしたり
朝食の時間になると、いつもの椅子に座って、テレビを見ながら朝食を待っていました。
我が家の朝食は、普段は6時から6時半でした。
父は不機嫌な顔でテレビを見ています。
私は尿意をもよおしながら監視を続けます。
『ネット碁を始めたらトイレに行けるのに』
テレビに飽きた父がネット碁を始めました。
そっとトイレに行き、そっと二階へ上がりました。
父は、私がトイレに行ったことに、気づいてはいませんでした。
私は備蓄していたお菓子で朝食を済ませ、
母の入院時に用意した麦茶で水分を補給し、
籠城を続けました。
9時50分
しびれを切らした父が動きました。
階下から
「おーい F! 朝ごはんはたべないの!?」
案の定、気がかりなのは自分の朝食です。
「頭痛い! 倒れそうや!」
「たべないのか?」
「そんなんしらんわ! 昨日、台所の片付けに2時間以上かかったんやで!
病院の書類書いて お母さんに見せる写真集作って 寝てないんや! 疲れて死にそうや! 頭痛いわ! 寝てるわ!」
「食べないなら言ってくれないと」
父は、私の体調を気にする素振りもなく、朝食を準備しない私に苛立ちの言葉を放ちました。
なんて奴だと思いました。
病的な依存体質と自己中心的な思考です。
父は、冷凍庫で見つけたパンを電子レンジにかけて食べたようでした。
私は籠城を続けました。
昼ごはんは、芋けんぴとスティック状のじゃがいものお菓子です。
朝から、甘くてしょっぱくて脂っこいものを食べているので、気分が悪くなってきました。
冷凍庫にあるまともな食材にありつくには、電子レンジを使う必要があります。
電子レンジを使えば、父が寄ってきます。
スト破りをするわけにはいきません。
もう、父の監視は止めました。
お菓子の食べすぎと、溜まった疲労と、父への怒りで気が遠くなってきました。
横になってストライキを続けました。
母との面会に向かう時刻になり、一階に降りました。
玄関で会った父から、体調を労う言葉は出ませんでした。
『本当に 心配していないんだな』
父から見た私は
『寝起きの悪い不機嫌な息子』だったのでしょう。
ストライキは失敗しました。
父にはなんのダメージも与えられませんでした。
この後の母との面談の様子は、母の闘病記 リハビリ編4でごらんください。
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